癒しイベントについてあれこれ考える
今度の土曜日は かなりお久しぶりに癒しイベントに出展。



もうだいぶ癒しイベントには出てなくて


作品つくってマルシェとか手づくり市みたいなイベントに出店するのがいまの主な活動になってます。




そんな目線で久しぶりに癒しイベントを見たときに ちょっと気になった・・・・・・・・





仙台でやってるような癒しイベントって 出展する側は正規の料金よりもかなりお安い価格でメニューを出すんですよね。


出展する以上 それを求められる (そう言われないこともあるけど なんとなくの空気感)




お客さんができるだけたくさんセッションなどを受けれるように とか


そういう部分も含めた集客もあると思う。




なんだけど 


正規料金とは言わないけど ある程度の料金をとってセッションするってできないのかな~。



それじゃイベントとして成り立たない???




マルシェとかでいえば 安くないと売れない!的な。


仙台のハンドメイド系のイベントってそういう傾向あるんだけどね。






ヒーリングとかセッションって ただでさえ奉仕的な要素が多いのに


かなりの格安料金でやって 正直奉仕しまくりだと思うのよね。




イベントに出る出ないは その人のセルフイメージの見せ方なのだろうけど。



お客さんからみたら それが普通ってなると思う。


もっと言えば そういう人しか集まってこなくなるのでは??






癒し系でもマルシェでも 私はイベントに出るのが楽しいと思うタイプなので イベントがあれば出てみたい!


イベントで色んな人に出会いた~い。




でも それにあたって絶対にやらないと決めているのが 安くないと売れないってやつ



そういうのって 発信してる人(主催者)が たぶんそんな感じなんだよね。


そうすると お客さんも含めそこに集まってくる人たちもそんな感じ。



なので、発信してる人がどういうつながりをもっていてどんな人かって かなり重要視します。





現状 仙台では癒しイベントって 基本かなりお安い料金で提供することになるので 


それだとね~・・・・・・・・・・・



デビューしたてのヒーラーさんやセラピストさんしかイベント出れないの??ってなる。



そろそろ 出展する側がある程度の料金をとってメニューを提供しても成り立つイベント(ある程度の規模の) できてもいいと思うんだけどな~。


もしくは入場無料にしないで入場料とるとか。




仙台という土地柄 そういうのは厳しいのかね~?!





そんなつぶやきでした。
































スポンサーサイト
【2017/04/26 23:07 】
思い | コメント(0)
自分のパターンと向き合う?!
初オイリュトミー 参加してきました!!


やってることすべてが 摩訶不思議な世界にみえる。。。。。。。。。。





曲線の動きと 空間と。



教えていただく動きは 初めてのものばかりですが 


どこか自分の中にあるものを引き出して使っている気がしました。









はじめてのことを聞いて動く


そうすると思考ばかりが働いてしまって 


早く覚えなきゃとか うまく動かなきゃとか できないとか まったく自分の世界に入ってしまいます。




参加してる人たちみんなでつくる”空間”があるのだけど


そのパターンになってるときって そこにある”空間”にはいないんですよね。



たぶん そのとき私は その”空間”の外に存在している。



それってすごくもったいないな~と ここ最近はじめましてのWSにいくつか参加する中でわかって・・・・・・・・・。





何度も同じ動きをやっていたとしても 


共有する空間でおこることは 1回1回微妙にちがって


そこで体験できることって1度きり。



だから できるだけ”空間”の中にいるように 心がけたつもり。



カンペキにできることを求める意識じゃなく


空間のなかにいるという意識。(この時点では もはや意識してないのかも)




この空間の中にいたいな~ という気持ちになった。ようやく。







そうなったときに はじめて ゆだねようという気持ちが起こりました。



共有してる空間にゆだねようって。





五芒星になって 形を崩さず動く というのをやったときに


1人だけななめ後ろに歩く人があらわれる。



ななめ後ろってことは ぶつかるかもって思うので チラチラ後ろを見ながら歩きたくなるけど


あ、たぶんほかの人は前向いてるから  よけてくれると思うようになり


途中からは躊躇なくななめ後ろに歩くことができました。





一緒になにかやってても(共有してても) どこかそこに信頼がもてない という私のパターン。



信頼して ゆだねれる


どうすればいいのか なんとなくわかった気がした。









よく ”ゆだねましょう” とかスピリチュアルな本やWSで聞くけど、


それって 具体的になにをするの??っていつもつっこみたくなるのは私だけ?!





ついでに 今でもわからないのが


”愛を送りましょう”



よく見たり聞くけど 具体的になにをどうするの???



WSなんかでさらっと使われたりして 何度つっこみたくなったことか。








理解の仕方って 人それぞれだけど


私はあるときから 上記のようなスピリチュアル系でよく使われる言葉がまったく入ってこなくなりました。



本やブログなど読んでも もう言葉(内容)が入ってこない。




遠隔ヒーリングでメッセージをいただいても そういう言葉がよく使われたりして内容がまったく入ってこない。


(そういうこともあって 自分でも遠隔ヒーリングをやめた)





私の場合は たぶん ”体験”を通してしか そういう言葉は理解できない思考回路になってしまった。


ある程度 ライアーをやった時間が積み重なった結果かもしれない。



そもそも ライアーとか 言葉のコミュニケーションじゃないところに浸ってる時間が多くなったためか?!




つきあい方なんだろうけど。


いまの私にとっては それが最善なのだと思っている。






s-画像 230

















【2017/03/16 12:13 】
思い | コメント(0)
苦手の本質
私 絵を描くことって昔から苦手でした。


不得意?!




でも 自由に何でも書ける(描ける)ノートをつくっていて


そこに刺繍のもようの下絵をいろいろ考えて描いたり


羊毛でこんなのつくりたいをざっくり描いてみたり



そんなラクガキを描きながら 私、本当に絵を描くの苦手なのかと ふと思った瞬間がありました。





ちなみに 私が使うノートは 無地か方眼 (できれば方眼がいい!)


罫線ノートはぜったいに使いません。



ふとしたひらめきをさらっと描くのに 罫線は邪魔になる。描きづらい。






話しをもどして


私が絵を描くこと 本当に苦手なのは


静物画とか風景画とか人物画(似顔絵?)




そういうのって わりと小さい頃から幼稚園や学校で描かされて


うまく描けなかったりどう描いていいかわからなくて 苦手になるのよね。たぶん。





私の場合 小さい頃からあんまり目がよくなくて


遠くの景色とかぼやけて見えてたりして まわりの人と違う絵を描いてたり・・・・・というものあったような。





ただ そもそも何が苦手なのかと思い返せば



立体を平面にみること


平面を立体にみること




たぶん これにつきる!




そういうのに最近気づいた。



編み図とか織り図 さっぱりわからん。


地図 立体に考えられなし。


型紙みても そこから服をつくれるイメージしない。





羊毛フェルトは 立体から立体をつくるからできる。



絵も ダリとかマグリットのような絵は 実は得意だったりする。


想像で描く系?!


ラクガキのように描くこともするし。





楽譜をみて それを音に変換するのも


私からみれば 平面を立体にする作業




音を聴いて それをひく


たぶん 立体をみて(聴いて)立体をつくる作業


だからできる。







いまさら 苦手なことを克服したいとは思わなくて


ないモノを求めようとは思わなくて




あるモノを生かしてなんとかしたらいいじゃない?!と思うのは年取ったから??



あるモノを生かすアイディアなら いくらでもでてくるよ。


いまのところ。




それが尽きたら 苦手を克服しようと思うかも。








s-沖縄 2016・2 171




s-沖縄 2016・2 160



【2017/02/03 15:39 】
思い | コメント(0)
現在進行形
1つ前の記事でも書いてたのですが




"スピリチュアル"な世界は 現実から離れて存在するのではなく




日常の生活とイコールで存在しているのが本来の形なんじゃないかと 私は思ってます。





現実逃避でスピリチュアルな世界を求めても



まぁ、そうしたければ止めないけど




たぶん何一つ解決してない現実がそこには存在しているわけで・・・・・






存在しているのは"今 この瞬間" だけ





だとするならば、



できるのは 目の前にあることを1つ1つ丁寧におこなうことなのでは??





"今 この瞬間"を生きる




普段の生活でどれだけ意識できるだろう。





たぶん "瞑想"は一番手っ取り早い方法なのでしょうね。





私は動的瞑想しかやらないけど。




畑の草取りはなかなか良い瞑想かも。





染めてる時間や糸を績んでる時間も瞑想に近くて "いま"を感じられる







先日のソウルコードWSではこんなふうに言ってました。




"人生の目的は未来にあるのではなく



今までも人生の目的を生きてきている。"




"すべてはこの瞬間のみある。



人生の目的は いまこの瞬間にいること"







スピリチュアルな学びとか 自己啓発セミナーとか



それらで得たことは資格としてぶら下げとくのではなく




すべて "今 この瞬間"を生きるために使うのだと思います。




あるいは 目の前にあるその1つのことを 丁寧に丁寧におこなうために使う。





その積み重ねで次の扉が開いたり



新たな道が見えたりするのではないでしょうかね。







"今 この瞬間 を生きる



目の前にある1つ1つを丁寧におこなう




それらに資格なんかいらないし



セミナーに通わなくても



スピリチュアルを知らなくてもできるよね





誰にでもできることだし



やろうと思えばいますぐにでもできる。








むかしむかし 習慣形成のトレーニングのセミナーで聞いたフレーズを思い出しました。(受講生でもあったしその会社でバイトしてた)




"誰にでもできることを 誰にもできないくらい徹底してやる"
【2016/07/14 23:54 】
思い | コメント(0)
グランディング
いわゆる世間でいわれているところの ”スピリチュアル”は


どこか現実から離れてた場所で存在している感じがしていて



私はあんまりなじめない。






私が表現する”スピリチュアル”は、 現実の いま目の前にある日常の中で、の話し。



日常の生活の中で いかにスピリチュアルな学びなどのエッセンスが使えるか、ということ。



そういう部分にこそ興味がある。






だからといって それを使って経済成長を追い求めるかのごとくビジネスをするわけでもなく



朝起きてから夜寝るまでの 当たり前のようにある暮らしの中でスピリチュアルのエッセンスを使っていくことで、



そこでの学びなどが本当の意味で生きてくるのかな~って。







スピリチュアルと日常の生活がイコールになったとき



本当の意味でのグランディングができるんじゃないかと思うのです。






私はいまは畑仕事をしたりモノづくりをしたりが主になっているので そういうふうに見えやすいのかもしれません。





そこは その人の立ち位置とかやっていることによって変わってくるところで



日常の生活の中でセレモニーをしたりアファメーションを唱えることも スピリチュアルなエッセンスを使ってることになるとは思います。



ただ、私にはムリ。あわない。




私は手しごとや作品をつくっていくことを通して スピリチュアルな学びやエッセンスを使うのが一番自分らしい表現だと感じていて、そうしているということです。







スピリチュアルなエッセンスをいかに日常の暮らしで使っていくかを無意識に追求していくうちに



自然との関わりの中で生きていくことが心地よくて



そういう部分をどんどん思い出すかのごとく 手しごとにハマっていきました。





自給自足をめざしているわけではないけれど



衣食住をできるだけ自分の手でつくりあげていくこと



そんなシンプルなことをやりたくなったのです。






そして 日々の暮らしを自分の手でつくりあげていくことをやっていくうちに



日本というこの場所の美しさというか良さがわかってきた。。



それは 東北という場所にいることにも言えるかもしれない。





遠くを見るのではなく 足元を見る。


ようやくできるようになってきたのかもしれない。





草木染めは 身のまわりにあるたくさんの色を見せてくれるし


糸を紡ぐこと その作業そのものが美しく見えたり。





ハートがひかれるモノを追っていった結果が


たぶん むかしむかしは当たり前にそこにあった日々の暮らし。




便利な世の中にいるハズなのに そこには省いてはいけないなにかがあって・・・・・・・・・・・






本当の意味で むかしから脈々と流れている”日本”を知ろうとしているのかもしれません。








以前あるヒーラーさんとお茶をしたときにこんなことを話してくれました。



  ”レムリアは 沈んだのではなく 地球(3次元の?)にグランディングした”





スピリチュアルと日常生活がイコールになるというのと どこかつながっている気がしました。





s-紅花まつり2016 034





【2016/07/12 10:12 】
思い | コメント(0)
| ホーム | 次ページ