カラダが音を記憶する?!
きのう ことほぎの木のオイリュトミー 初心者クラスに参加してみました。


音楽とオイリュトミー。




オイリュトミーは カラダを内側から感じるとか捉えるとか 


声とカラダの動きはリンクしているとか



そういう話し(というか解説?)を聞きつつ 動きをやったり。




で、音楽にあわせて 動きをつけたのをやったときに 使われた曲が『サラバンド』



このときは 長調と短調を感じることをやったのです。





一時期『サラバンド』の曲にハマって ライアーでこんな感じかな~って探りながらひいていたことがある。





ピアノ生演奏で『サラバンド』を聴きながらの動き



なんかまた ハマってしまった。




頭とカラダの中で『サラバンド』がグルグルまわっていたので



家に帰ってライアーで気がすむまでひいてみた。




こんな感じだけかな~って。



めんどくさいのもあるけど あえて楽譜見ずに 記憶をたどる。





一音でメロディをひくときはそうでもないけど


二音 三音 和音とかつけていったときに アレ??なんかちがうってことが起こり



この部分は カラダがこうキュ~ってなる感じだよなとか


そこから こうひろがるイメージとか



そんなことを思いながら しっくりくる音を探るわけです。






耳で聴いた(と思ってた)音を 楽器をひくときに再現する過程


いま こうやって文字で書いていますが、コレが文字にはならない感覚だった!



きのう ふと気づいたのです。





耳で聴いて それを再現してたと思ってたけど ちがう。


実は カラダでその響きを吸収して 記憶していた



その感覚をたよりに 音を再現していた。



私の場合は。







楽譜がよめないので 聴いた方がはやく、


ゲームの音楽はそもそも 楽譜なかったし。



そういうのを再現したくて 音を探る




でもあるとき 楽譜が手に入ったら その曲への興味や注いでいた情熱が消えてしまう。


よくあるパターンだった。




その理由も なんとなくわかった。




 
楽譜をみて 曲をひくことと


音を聴いて 探りながら再現していく(つくりあげていく?)ことは


まったくプロセスが違う。




たぶん ”音”の捉え方もまったく違う。







きのうの音楽とオイリュトミー。


講師の定方まことさんが音楽をやっている方なので ちょっと興味があり行ってみたのです。




聴くということ、音、響きとか


2時間半の間で どこか無意識で捉えてた部分に光があたり



私の中では 化学変化を起こした気分です。




























スポンサーサイト
【2017/05/22 14:00 】
| コメント(0)
黒鍵の世界?!
まもなく 1/28 旧暦お正月。


旧暦師走は 俗世間にどっぷりな日々でした。




DVDで映画やお芝居をみまくり


先週はキャラメルボックスの方が出演のリーディング公演を観にいき



きわめつけは 1/27(金) 旧暦おおみそか 


杜の都演劇祭 フリンジプログラム♯6 「ヤルタ会談」を観にいきます



なんだろう この流れ。



おもしろそうを選んでの自然の流れ


自分の中の いままでスポットがあたってなかった部分に 新たなにスポットがあたる感じ。










ひとつ考えられるのは・・・・・・・・・・・・・


ライアー。



いままでは たぶん言われたとおりに


ライアーってこういうもので、こういう使い方が良いんだよ~、みたいな部分にのっかってた。



童謡とかをひくと すごく響くよね~、って世界で まぁ可もなく不可もなく。




でも どこか物足りなかった。


ひきたい曲をひくぞと決めたら なにかが変わったのかもしれない。




それって 自分が外の世界に向けて どういう表現をしたいのか


自分にとって なにが響くのか



そんなことを問われてると思うのだよね。




いわゆる ”正しい”ことを忠実にやったところで それが自分に響くとは限らない。



特に私は 楽しくないとやりたくない性分なので。





そんなこんなで 選らぶモノが変わると たぶん属する人たちのカテゴリーも変わるよね。




なので 俗世間にどっぷり。



ただ 自分にとっての”表現”を追究しているという 根本は変わってない。


アプローチが変わっただけ。









そんな変化をあらわしているのか


結果的に世の中の流行にのっちゃってるのか





「君の名は」の楽譜購入。




「なんでもないや」が気に入ったのです。


ちょっとビックリなのは フラット6コ




ちなみに 「前々前世」はシャープ5コ





宇多田ヒカルの「花束を君に」もフラット5コくらいあったよな~。








黒鍵の世界 流行ってるの???



世の中の流れ的に そういう音???




人々に響いてるから 流行るんだよね、きっと。





少なくとも 私にはそれらの音が響いてる。



しっくりきているといった方がいいかな。




だからこの前 ジョンさんの「Tanabata Wish for Tohoku」を聴いたときも しっくりきたんだな。



あ~ この曲は 今かもしれないって。






この流れってはじめは個人的なモノって思ってたんだよね。


ライアーで黒鍵ひくには左手ばっか使うし。


負傷したあとの リハビリか??って思ってた。





でも 案外そうでもなさそう。


世の中のエネルギーを音にすると こんな感じ、ってのが流行るのかもね。







s-マルシェ用 196



s-マルシェ用 197








【2017/01/26 11:49 】
| コメント(0)
聴くこと
ライアーをやり始めてから特に ”聴く” に意識を向けるようになった。



もともと 「音」を聴くことは得意で


ますます本来の力を取り戻す感覚がどこかにあって・・・・・・・。



というか そういう世界がめっちゃラク!






一方で あくまで 得意なのは 「音」 を聴くこと。


「文字」になってる情報(日本語)は得意じゃない。



普段の会話とかテレビの音声とか なにかのセミナーで話しを聞くとか


言葉として認識できるものは 実はあんまり入ってこないシステムのようです。



言葉以前に 音で聴いているためなのか?!



あんまり人の話し(内容)を聞いてないのはそのあたりだったりする。



英語なら 私の中では文字情報とは認識されないので 聴いてて苦にならない。






セミナーとかで1日座ってるのが苦痛になったのは


外の世界に向けて自分の感覚をひらいていった頃からかな。



自然界とつながるというか。


目には見えないもの 感覚でしか受け取れないもの



そういう世界に向き合い始めたとき。







音を聴く 無意識に強化していくことになったわけで


学校の授業のような形で 人の話しを1日聞いていられなくなった。





思ってることと言ってること(やってること)がちがうというのも 


「音」を聴いてるから 人よりは敏感にわかってしまったりするのだよね。






音には余計なモノがのっかってないから ずっとずっと簡単に思える。私には。


本音とタテマエ みたいに わざわざ複雑になってない。









音とか色とか絵とか



文字をもたなかった時代の人たちは そうやってなにかを伝えてきた。


口述でしか伝わっていないようなモノや形。




文字(言葉)では伝えられない 感覚でしか受け取ることができないようなモノ






いま自分が持つ感覚すべてを使って 


そういう世界にアクセスするようになった。





スピンドルをまわして糸を紡ぐことも


南米の伝統的な織りを学ぶことも


ライアーをひいてることさえも



ぜ~んぶ そういう世界へアクセスして なにかを受け取るためにやっているんじゃないかと思えてくる。








このところ なにかをやりたいと思ってやり始めたときに


ついてくるのは ”伝統”とか それが”失われようとしている” とか そういうニュアンスのこと。



技術を学びたいと思うからそうなのかもしれないけど。




文字情報としての技術+スピリット




たぶん 受け取らなければならないのは ”スピリット”の部分。


感覚でしかわからないこと。





だから 感覚で受け取ることを強化される というか猛特訓されてる感じがする。





それがこの先どうなっていくのかはわからないけど。




ただ やりたいと思うことや やってて楽しいと思えることが そこへつながっていくのなら



それは大切なお仕事(お役目?)なのだと思います。







s-ドリームキャッチャー 022






【2016/12/01 10:50 】
| コメント(0)
ワタツミ
”ワタツミ”



海神  

綿津見



綿摘み?!







以前女神とつながりたいと思って瞑想?したときに


”ワタツミ” とつながったことがあった。



そう言ってた。



ワタツミ???



ピンとこなかったけど 会ったことあるってさ。





どこで??





瀬戸内海とかかな~。


そのときはそう思い そこでおしまい。








先月くらいだっけかな?


”ワタツミ”のキーワードふたたびあらわる。





たまたま見かけた記事だったっけか。





穂高神社の奥社って 明神のとこにあるんだけど


そこは ”ワタツミ”とつながりがあるらしい。





お~~~!



そこは大変お世話になった!!





上高地の森には大変お世話になったし


穂高神社の奥社は何回も行ってる。




そうか。そんなつながりだったのね。








毎年のように ここ何年かは上高地も行くし


松本では井戸の水をくんで帰ってる。






あ~~ これは巡礼の旅だな。








偶然にも ワタツミ⇒⇒⇒棉摘み  やってるね~。



和棉とは 春頃からじっくりと あれこれ悩みながらお付き合い。


いまは 収穫を迎え 棉を紡いでいる。




たぶんこれからも 長~いおつきあい。







s-上高地9  高尾 040



s-上高地9  高尾 038





【2016/11/10 22:15 】
| コメント(0)
名もなき・・・・・
昨日 福島でミュージックフェスというイベントがあり



その中でやってる手づくりマルシェに出店しました。





1日色んな人のライブ。




それはそれで楽しいのですが




ライアーの音の世界に慣れてしまい



大音量はどうしても苦手になってしまいました。




とは言え、出店してる以上、大音量は耳に入ってきます。





そんな感じでいたのですが



夕方出てたシンガーソングライターの方の声がすごく目をひきました。





魂がこもっていて心に響いてくるんです。





技術とか歌詞がいいとかそういうレベルではなく




存在感があって



すごく通る声





歌うことが大好きでこの場をすごく楽しんでるのが伝わってきました。







ご本人は意識してないと思いますが



ヒーラーさんだな~と思いました。







お客さんの予約をとって施術をするだけがヒーラーではなく





歌うことでまわりを癒すのもヒーラーなんですよね







こんなふうに




この世界にはきっと




肩書きとかビジネスをやらずとも





名もなきヒーラーさんたちがたくさんいて




それぞれ自分の役割をこなしているのだな~と感じました。





【2016/10/16 11:22 】
| コメント(0)
| ホーム | 次ページ