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身体と発声
あるんだな~と実感した話。



ことほぎのオイリュトミーで 身体と発声はリンクしているという話しを聞き、



実際に母音 あ・ う ・え ・お・ い って発声しながらカラダの動きをつけるのをやり、


慣れたら 発声したつもりで カラダの動きだけをやる。




そして 名前って一番聞いてる音で 

その名前のカラダの使い方してるんだよね~という話しになりました。





そのときはふ~ん、そうなのか と思いましたが、


そういえば ニックネーム。



私のニックネーム ”さちべえ”って 「え」(母音)の音を入れたくて コレ使っていたっけな~と思い出しました。



日本語を正しく使うことを心がけてる方だと思うけど ”さちべい”って言われる(書かれる)。


”い” じゃなくて ”え” なんだよな~と思いつつも そういう場合は聞き流してた。


(とはいっても それほど気にしてるわけじゃないですよ。)




1文字であっても 音の響きがしっくりくるかどうかって 結構重要視するところではある。



名前とカラダの使い方 リンクしてるってのは納得。









そして つい最近 おもしろい出来事が起こりました。




ダンナくん(役者)


「ケケケケ」って言えなかった。




いちおう サラリーマン役者ですが、


いまは とある劇団に所属し、公演に出る予定なので、ふつうの人よりはるかに発声練習してるハズなのです。




それなのに言えなくて 私がビックリだよ。
 



たぶん 母音の「え」の音(「え」行の音)に慣れてないのだと思う。


考えてみたら ダンナくんの名前も役者名も どこにも「え」行の音が入ってないのよね~。



なるほど~って思ってしまった。



あまりにもわかりやすい 珍現象?!







こいつらが 最近 ”ケケケケ”って笑ってるのよ~。

s-太白山 012






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【2017/06/07 10:27 】
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身体と音と
実験してみたいことがあり・・・・・。





今日はから研のWSで、


体をゆるめた後に即興で踊る?動く?



"歩く"ことと"とまる"ことをモチーフに即興。





身体に意識を向けたり、


身体を使って表現する時間。






帰ってきてから真っ先にアウリスライアー。





いまのこのカラダの状態でライアーの音はどんなふうに響くのだろうか。



試してみたかった!





ライアーは A=432HZ


つまり432HZがどんなふうにカラダに入ってくるだろうか。



そこに興味があった。





結果、


いつもより音が大きく聴こえた。。。。。


(゜∇゜)





なんだろう。


気分的なものもあるかもしれないけど



ト長調。



気持ち良く流れていくのは ト長調のメロディーだった。







その空間に 自分がカチッとハマる感じがする形



自分が心地好いと感じる形





今日の即興の時間 そんなことに意識を向けたけど




ライアーでひいてみたら ト長調がしっくりきた。







カラダがゆるまった状態って 432HZがスーッと入ってくる。




もっと言えば、音の中に入ってる感じ?!








普段もストレッチやってカラダをゆるめてからライアーひけばいいのか?!

【2017/06/04 23:59 】
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カラダが音を記憶する?!
きのう ことほぎの木のオイリュトミー 初心者クラスに参加してみました。


音楽とオイリュトミー。




オイリュトミーは カラダを内側から感じるとか捉えるとか 


声とカラダの動きはリンクしているとか



そういう話し(というか解説?)を聞きつつ 動きをやったり。




で、音楽にあわせて 動きをつけたのをやったときに 使われた曲が『サラバンド』



このときは 長調と短調を感じることをやったのです。





一時期『サラバンド』の曲にハマって ライアーでこんな感じかな~って探りながらひいていたことがある。





ピアノ生演奏で『サラバンド』を聴きながらの動き



なんかまた ハマってしまった。




頭とカラダの中で『サラバンド』がグルグルまわっていたので



家に帰ってライアーで気がすむまでひいてみた。




こんな感じだけかな~って。



めんどくさいのもあるけど あえて楽譜見ずに 記憶をたどる。





一音でメロディをひくときはそうでもないけど


二音 三音 和音とかつけていったときに アレ??なんかちがうってことが起こり



この部分は カラダがこうキュ~ってなる感じだよなとか


そこから こうひろがるイメージとか



そんなことを思いながら しっくりくる音を探るわけです。






耳で聴いた(と思ってた)音を 楽器をひくときに再現する過程


いま こうやって文字で書いていますが、コレが文字にはならない感覚だった!



きのう ふと気づいたのです。





耳で聴いて それを再現してたと思ってたけど ちがう。


実は カラダでその響きを吸収して 記憶していた



その感覚をたよりに 音を再現していた。



私の場合は。







楽譜がよめないので 聴いた方がはやく、


ゲームの音楽はそもそも 楽譜なかったし。



そういうのを再現したくて 音を探る




でもあるとき 楽譜が手に入ったら その曲への興味や注いでいた情熱が消えてしまう。


よくあるパターンだった。




その理由も なんとなくわかった。




 
楽譜をみて 曲をひくことと


音を聴いて 探りながら再現していく(つくりあげていく?)ことは


まったくプロセスが違う。




たぶん ”音”の捉え方もまったく違う。







きのうの音楽とオイリュトミー。


講師の定方まことさんが音楽をやっている方なので ちょっと興味があり行ってみたのです。




聴くということ、音、響きとか


2時間半の間で どこか無意識で捉えてた部分に光があたり



私の中では 化学変化を起こした気分です。




























【2017/05/22 14:00 】
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黒鍵の世界?!
まもなく 1/28 旧暦お正月。


旧暦師走は 俗世間にどっぷりな日々でした。




DVDで映画やお芝居をみまくり


先週はキャラメルボックスの方が出演のリーディング公演を観にいき



きわめつけは 1/27(金) 旧暦おおみそか 


杜の都演劇祭 フリンジプログラム♯6 「ヤルタ会談」を観にいきます



なんだろう この流れ。



おもしろそうを選んでの自然の流れ


自分の中の いままでスポットがあたってなかった部分に 新たなにスポットがあたる感じ。










ひとつ考えられるのは・・・・・・・・・・・・・


ライアー。



いままでは たぶん言われたとおりに


ライアーってこういうもので、こういう使い方が良いんだよ~、みたいな部分にのっかってた。



童謡とかをひくと すごく響くよね~、って世界で まぁ可もなく不可もなく。




でも どこか物足りなかった。


ひきたい曲をひくぞと決めたら なにかが変わったのかもしれない。




それって 自分が外の世界に向けて どういう表現をしたいのか


自分にとって なにが響くのか



そんなことを問われてると思うのだよね。




いわゆる ”正しい”ことを忠実にやったところで それが自分に響くとは限らない。



特に私は 楽しくないとやりたくない性分なので。





そんなこんなで 選らぶモノが変わると たぶん属する人たちのカテゴリーも変わるよね。




なので 俗世間にどっぷり。



ただ 自分にとっての”表現”を追究しているという 根本は変わってない。


アプローチが変わっただけ。









そんな変化をあらわしているのか


結果的に世の中の流行にのっちゃってるのか





「君の名は」の楽譜購入。




「なんでもないや」が気に入ったのです。


ちょっとビックリなのは フラット6コ




ちなみに 「前々前世」はシャープ5コ





宇多田ヒカルの「花束を君に」もフラット5コくらいあったよな~。








黒鍵の世界 流行ってるの???



世の中の流れ的に そういう音???




人々に響いてるから 流行るんだよね、きっと。





少なくとも 私にはそれらの音が響いてる。



しっくりきているといった方がいいかな。




だからこの前 ジョンさんの「Tanabata Wish for Tohoku」を聴いたときも しっくりきたんだな。



あ~ この曲は 今かもしれないって。






この流れってはじめは個人的なモノって思ってたんだよね。


ライアーで黒鍵ひくには左手ばっか使うし。


負傷したあとの リハビリか??って思ってた。





でも 案外そうでもなさそう。


世の中のエネルギーを音にすると こんな感じ、ってのが流行るのかもね。







s-マルシェ用 196



s-マルシェ用 197








【2017/01/26 11:49 】
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聴くこと
ライアーをやり始めてから特に ”聴く” に意識を向けるようになった。



もともと 「音」を聴くことは得意で


ますます本来の力を取り戻す感覚がどこかにあって・・・・・・・。



というか そういう世界がめっちゃラク!






一方で あくまで 得意なのは 「音」 を聴くこと。


「文字」になってる情報(日本語)は得意じゃない。



普段の会話とかテレビの音声とか なにかのセミナーで話しを聞くとか


言葉として認識できるものは 実はあんまり入ってこないシステムのようです。



言葉以前に 音で聴いているためなのか?!



あんまり人の話し(内容)を聞いてないのはそのあたりだったりする。



英語なら 私の中では文字情報とは認識されないので 聴いてて苦にならない。






セミナーとかで1日座ってるのが苦痛になったのは


外の世界に向けて自分の感覚をひらいていった頃からかな。



自然界とつながるというか。


目には見えないもの 感覚でしか受け取れないもの



そういう世界に向き合い始めたとき。







音を聴く 無意識に強化していくことになったわけで


学校の授業のような形で 人の話しを1日聞いていられなくなった。





思ってることと言ってること(やってること)がちがうというのも 


「音」を聴いてるから 人よりは敏感にわかってしまったりするのだよね。






音には余計なモノがのっかってないから ずっとずっと簡単に思える。私には。


本音とタテマエ みたいに わざわざ複雑になってない。









音とか色とか絵とか



文字をもたなかった時代の人たちは そうやってなにかを伝えてきた。


口述でしか伝わっていないようなモノや形。




文字(言葉)では伝えられない 感覚でしか受け取ることができないようなモノ






いま自分が持つ感覚すべてを使って 


そういう世界にアクセスするようになった。





スピンドルをまわして糸を紡ぐことも


南米の伝統的な織りを学ぶことも


ライアーをひいてることさえも



ぜ~んぶ そういう世界へアクセスして なにかを受け取るためにやっているんじゃないかと思えてくる。








このところ なにかをやりたいと思ってやり始めたときに


ついてくるのは ”伝統”とか それが”失われようとしている” とか そういうニュアンスのこと。



技術を学びたいと思うからそうなのかもしれないけど。




文字情報としての技術+スピリット




たぶん 受け取らなければならないのは ”スピリット”の部分。


感覚でしかわからないこと。





だから 感覚で受け取ることを強化される というか猛特訓されてる感じがする。





それがこの先どうなっていくのかはわからないけど。




ただ やりたいと思うことや やってて楽しいと思えることが そこへつながっていくのなら



それは大切なお仕事(お役目?)なのだと思います。







s-ドリームキャッチャー 022






【2016/12/01 10:50 】
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