そこにある世界
日曜日に須賀川でライアーをひく機会がありました。



アウリスライアーで曲をひく。



参加した18名でアンサンブル。



おんなじ楽器を使っていたとしてもみんなそれぞれの音があってステキですね



1つの環ができました。



1つの調和した空間。





ライアーに出会って、"音楽"という世界の見方が変わりました。



私はアウリスライアーという曲をひけるライアー(ドレミファソラシドになっている)と、



ティラルライアー(レミソラシの音のみ)というヒーリングライアーを持っています。


ヒーリングライアーは曲はひけません。



レミソラシの5音ならひけなくもないですが。





音楽=曲をひくもの



この発想はなんだろう。



どこでそうなってしまったのだろうね。




振り返ってみれば、学校の"音楽"は楽譜を使って演奏する、歌う。



楽器を習ったとしてもそれは同じ。



それ以外なかったんじゃない??




楽譜があってそれに従って演奏なり歌うという形は、西洋文明的な感じがするのは私だけ!?





ドレミファソラシドの音が出る楽器を手にした時に、



特に集団で演奏しなきゃいけない場面では、"まちがっちゃいけない"という緊張感を持つのではないでしょうか。




レミラシのタオの調弦(レミソラシのティラルもだけど)では、違った音を出してもそれはそれで調和が生まれます。何の違和感もなく、気持ちはラク。



"まちがい"があるんじゃなく、すべてが"正解"。



この違いは大きい。



子どもの頃にタオの音の世界に出会いたかったなー。





ライアーに出会って、


いままでそのすべてに見えていた"音楽"=楽譜があって曲を演奏するという世界は、



"音楽"の世界のほんの一部にすぎなかった。



そう思いました。



その奥に広い広い海のように大きな世界がありました。





ティラルライアーとともに、これからももっともっと色んな場所でうたおう。




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【2014/07/17 09:59 】
ライアー | コメント(0)
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