いのちを”つなぐ”
最近ハギレが多くやってくる。


買ってくるんだけど。




マニアな収集家のように(そんな収集家存在するのか!?)


着物のハギレばかり出会う。





絣模様だったり絞りの模様だったり。


目がいったものは気づくと手でさわってさわり心地を確かめている。






去年は1年かけていろんな場所に行っていわゆる”伝統工芸”とよばれるものをみた。


麻をはじめ、○○織りとかいろんな種類をみたりさわれるものはさわった。



おかげで(?)手先の感覚が肥えてしまったよ。



良いモノさわっているからか、ハギレをみてもやっぱり古い着物にピンときてしまうようで・・・・・・。






古い着物はやっぱりモノが良くてね。


でもはたして私それを活かせるのだろうか。




今日も古い着物のハギレを買い、しかもおまけまでもらってしまって、


あ~。これは託されているのだなと感じる。




活かせる人のもとへ


託されていくのだ。




綿の生地であればその植物のいのちが、染めていれば染液の原料になった植物のいのちも


さらに、その着物を大切に身につけていただろう方のスピリットもきっとあると思う。




いまの私には重過ぎるバトン。



でも、いま私のもとにやってきた。





ハギレは標本のようにただ飾られるのではなく、何か新たな道具となって使われてはじめてそのいのちを活かされるのだと思う。






そうやっていのちを活かすこと。




いのちを活かすために自分の力を使う。


いのちの息吹をそこに吹き込む。




きっとそれが私の”手しごと”なのだ。

























関連記事
スポンサーサイト
【2015/01/13 20:19 】
手しごと | コメント(0)
<<お見送りかな? | ホーム | タオの音とともに新たな扉をひらく>>
コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

| ホーム |