グランディング
いわゆる世間でいわれているところの ”スピリチュアル”は


どこか現実から離れてた場所で存在している感じがしていて



私はあんまりなじめない。






私が表現する”スピリチュアル”は、 現実の いま目の前にある日常の中で、の話し。



日常の生活の中で いかにスピリチュアルな学びなどのエッセンスが使えるか、ということ。



そういう部分にこそ興味がある。






だからといって それを使って経済成長を追い求めるかのごとくビジネスをするわけでもなく



朝起きてから夜寝るまでの 当たり前のようにある暮らしの中でスピリチュアルのエッセンスを使っていくことで、



そこでの学びなどが本当の意味で生きてくるのかな~って。







スピリチュアルと日常の生活がイコールになったとき



本当の意味でのグランディングができるんじゃないかと思うのです。






私はいまは畑仕事をしたりモノづくりをしたりが主になっているので そういうふうに見えやすいのかもしれません。





そこは その人の立ち位置とかやっていることによって変わってくるところで



日常の生活の中でセレモニーをしたりアファメーションを唱えることも スピリチュアルなエッセンスを使ってることになるとは思います。



ただ、私にはムリ。あわない。




私は手しごとや作品をつくっていくことを通して スピリチュアルな学びやエッセンスを使うのが一番自分らしい表現だと感じていて、そうしているということです。







スピリチュアルなエッセンスをいかに日常の暮らしで使っていくかを無意識に追求していくうちに



自然との関わりの中で生きていくことが心地よくて



そういう部分をどんどん思い出すかのごとく 手しごとにハマっていきました。





自給自足をめざしているわけではないけれど



衣食住をできるだけ自分の手でつくりあげていくこと



そんなシンプルなことをやりたくなったのです。






そして 日々の暮らしを自分の手でつくりあげていくことをやっていくうちに



日本というこの場所の美しさというか良さがわかってきた。。



それは 東北という場所にいることにも言えるかもしれない。





遠くを見るのではなく 足元を見る。


ようやくできるようになってきたのかもしれない。





草木染めは 身のまわりにあるたくさんの色を見せてくれるし


糸を紡ぐこと その作業そのものが美しく見えたり。





ハートがひかれるモノを追っていった結果が


たぶん むかしむかしは当たり前にそこにあった日々の暮らし。




便利な世の中にいるハズなのに そこには省いてはいけないなにかがあって・・・・・・・・・・・






本当の意味で むかしから脈々と流れている”日本”を知ろうとしているのかもしれません。








以前あるヒーラーさんとお茶をしたときにこんなことを話してくれました。



  ”レムリアは 沈んだのではなく 地球(3次元の?)にグランディングした”





スピリチュアルと日常生活がイコールになるというのと どこかつながっている気がしました。





s-紅花まつり2016 034





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【2016/07/12 10:12 】
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