聴くこと
ライアーをやり始めてから特に ”聴く” に意識を向けるようになった。



もともと 「音」を聴くことは得意で


ますます本来の力を取り戻す感覚がどこかにあって・・・・・・・。



というか そういう世界がめっちゃラク!






一方で あくまで 得意なのは 「音」 を聴くこと。


「文字」になってる情報(日本語)は得意じゃない。



普段の会話とかテレビの音声とか なにかのセミナーで話しを聞くとか


言葉として認識できるものは 実はあんまり入ってこないシステムのようです。



言葉以前に 音で聴いているためなのか?!



あんまり人の話し(内容)を聞いてないのはそのあたりだったりする。



英語なら 私の中では文字情報とは認識されないので 聴いてて苦にならない。






セミナーとかで1日座ってるのが苦痛になったのは


外の世界に向けて自分の感覚をひらいていった頃からかな。



自然界とつながるというか。


目には見えないもの 感覚でしか受け取れないもの



そういう世界に向き合い始めたとき。







音を聴く 無意識に強化していくことになったわけで


学校の授業のような形で 人の話しを1日聞いていられなくなった。





思ってることと言ってること(やってること)がちがうというのも 


「音」を聴いてるから 人よりは敏感にわかってしまったりするのだよね。






音には余計なモノがのっかってないから ずっとずっと簡単に思える。私には。


本音とタテマエ みたいに わざわざ複雑になってない。









音とか色とか絵とか



文字をもたなかった時代の人たちは そうやってなにかを伝えてきた。


口述でしか伝わっていないようなモノや形。




文字(言葉)では伝えられない 感覚でしか受け取ることができないようなモノ






いま自分が持つ感覚すべてを使って 


そういう世界にアクセスするようになった。





スピンドルをまわして糸を紡ぐことも


南米の伝統的な織りを学ぶことも


ライアーをひいてることさえも



ぜ~んぶ そういう世界へアクセスして なにかを受け取るためにやっているんじゃないかと思えてくる。








このところ なにかをやりたいと思ってやり始めたときに


ついてくるのは ”伝統”とか それが”失われようとしている” とか そういうニュアンスのこと。



技術を学びたいと思うからそうなのかもしれないけど。




文字情報としての技術+スピリット




たぶん 受け取らなければならないのは ”スピリット”の部分。


感覚でしかわからないこと。





だから 感覚で受け取ることを強化される というか猛特訓されてる感じがする。





それがこの先どうなっていくのかはわからないけど。




ただ やりたいと思うことや やってて楽しいと思えることが そこへつながっていくのなら



それは大切なお仕事(お役目?)なのだと思います。







s-ドリームキャッチャー 022






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【2016/12/01 10:50 】
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