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土台となるもの
2月頃から ちょこちょこ機会があれば コンテンポラリーのダンスまではいかないけど、そういう分野の身体表現のWSに参加していて


即興で身体を使って表現することを何度かやっている。




やってみて まわりをみわたして ふと気付いた。




コンテンポラリーって 型がないダンスの分野なわけで


そういうとき そもそもどこから”表現”をもってくるのだろうか。




バレエをやってる人はバレエの動きが土台になっていたりする



タンゴのこともあったり



みんなそれぞれ。





私は踊ることをずっとやってこなかったので


土台がない・・・・・・・・・・・・・・・?!




土台になるようなものがあるのだろうか


そういうの あった方いいよな~って思い始めた。






そんな時に 全然ちがう方面から エイサーやらない??ってお誘いがやってきた。



いままでなら断ってたけど


エイサーか~。エイサーの動きってどんなんだろう。



身体表現に使えるかも!


かなり興味アリだ。



そんなところから やってみた~い!って思った。





沖縄に行ったり 沖縄のお祭りをやってきたけど


エイサーにだけは手を出さずにきた。




男性的で どこか戦うイメージがあって エイサーってあんまり好きじゃなかったのもある。


受け入れられないなにかがそこにはあって・・・・・・・・・・みたいな。





そんなのがあったけど そんなことはどこへやら

別ルートで やってみたいと思うにいたる。





エイサーをやろうと決めた時に


あ~ 私の原点はココだったと 思い出した。





歌うこと 踊ること は特別なことじゃなくて


日常の中に当たり前にある


それはまた 自然や神様とのつながりでもある 




そうそう 初めて”沖縄”というものにふれたときに知ったこと。







コンテンポラリーや 身体表現を意識したときに


一方で 意識的に シャーマニックな部分を切り離してた。



そっちにはいかないぞ~って。





でも 歌うことや踊ることは日常にあって 


自然や神様とつながる感覚



これって すでになじんでいるモノ



すでに持っている 




そういうのって たぶん十人十色。



自分の持つ感覚を どんどん使っていったらいいんだな~と気付いた。








s-仙台の風景など 281

















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【2017/06/13 09:14 】
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